他の多くの業界同様、英語力はサイエンスにおいて必須とも言えます。特に国際会議や、さらには海外で研究しようとする場合、当然ながら英会話のスキルは不可欠です。が、なかなか難しいですよね。ミシガンでの研究生活を始める前、そこそこ英語力には自信があったのですが、面接後にボスから「君の英語力に関しては大変心配である」と言われた苦い思い出があります。カフェでカフェラテを注文するのに何回言っても通じなかったり、コンビニでレジ袋をくれと何度言っても通じなかったり(店員さんに「なんだbagのことか!おまえがさっきから言ってるのはbugだ!」と笑われた思い出。。)、アメリカ生活に馴染むまでの私の英語力は散々なものでした(よくもまあこれでそこそこ自信を持っていたものだと今では思います笑)。
その延長で始まったミシガン生活はそれはまあ散々でした。おもしろいぐらい会話が成立しない。アメリカに住めば勝手に英語が上達するだろうと甘い期待を持っていましたがそれは幻想だと気づくのに時間はかかりませんでした。ただその甘い期待も半分ぐらいは正しくて、リスニングについては毎日嫌でも英語を聞かされるので1か月も過ごすとそれなりに聞き取れるようになってきます。聞き取れないことに慣れて開き直ってくる、という方が正確かもしれませんが。一方、スピーキングははっきりと経験が効いてくると思います。そこでどのように過ごすかが重要になります。例えば研究室の人たちと最低限の研究の話しかしないという生活でも研究には直接的な大きな支障はないので、それで乗り切ることは可能です。ただ、英語力の上達やネットワーク作りという面ではそれはかなりネガティブに働くと個人的には思います。
アメリカ生活でなるべく心がけていたのは、研究室の外の人とも、また研究以外のことでも交流するということです。単にそうすることが楽しかったからというのが大きいのですが、英語力の上達とネットワーク作りには結果的にかなり役立ちました。例えば、研究関連のネットワークが起点にはなりますが、よく友達と一緒にテニスやクライミングをしたりちょっとした旅行に行ったりしました。また、パーティーにはよく参加しました。これが実は最初のうちはけっこうつらかったです。「雑談」って研究の話よりはるかに難しいのです。お互い共通の背景知識を持っているとも限らないし話の流れが読みにくい、単語や表現を知らないなどいくつもハードルがあります。日本語でもそもそもあまりコミュニケーションが得意ではないのでかなり大変でしたが、慣れてくると楽しいものです。
こうするうちに研究はもちろん、難関の「雑談」もほとんど問題なくこなせるようになりました。今では店員さんとちょっとした雑談をしながらカフェラテを注文できるしレジ袋ももらえます。もしまた面接を受けても「君の英語力に関しては大変心配である」と言われることもないでしょう。英語の上達も嬉しかったのですが、ネットワークの広がりを実感できるようになったのがもっと嬉しかったです。学生の頃に参加したアメリカの学会では孤独でした。今ではアメリカ細胞生物学会のような大きな学会に行っても一緒に食事に行く相手を見つけるのに苦労しません。
ところでミシガンにいた頃とても嬉しかったことがあります。ある日研究室のデスクに自分宛ての分厚い封筒が届いていました。差出人は、業界の人なら誰でもその名前を知っているアメリカの大御所。学会で何度か話したことがあり面識はありましたがそんな郵便物に心当たりはありません。封を開けてみるとその方の研究室から出た論文が何十報も入っていました。それだけ。手紙はなし。意味不明。「私の論文を読んでもっと勉強しなさい」とのお叱りのメッセージかと不安になり、恐る恐るボスに聞いてみました。聞いた瞬間、額に手を当て苦笑いするボス。「ついに君のところにも来たか!それは君の仕事を評価する、という意味の彼からのメッセージだよ。この業界では有名でね。まあつまり、『クラブ』へようこそ!」とのことでした。
もう一つ嬉しかったこと。年に一回の学科のリトリートで、アドリブのジョークで会場を笑わせる毎年恒例のイベントがあります。演者はその場で立候補したり司会が指名したりするのですが、最後の参加となったリトリートのそのイベントで、司会の方(別の研究室のPI)が唐突に私を指名しました。急にそんなことやれと言われて困ったのですが、おそらく100人以上いる参加者の中からわざわざ指名を受けるというのは実はけっこう嬉しくて、勢いで出場しました。結果は準優勝でしたがなかなかの笑いを取れたと思います。英語でしかもアドリブでそんなことできるようになったのも嬉しかったのですが、何よりそうやって指名されるぐらいコミュニティに溶け込めていることが嬉しかったです。そのリトリートでは真面目な賞もいただいて(ノミネートされているのは知っていましたが授賞式で名前を呼ばれて初めて受賞を知りました)、ミシガンの研究生活で最も思い出深いイベントの一つです。
サイエンスの本質ではないかもしれませんが、ネットワーク作りがいろいろな局面で重要なのは多くの人が認識していることかと思います。最初のきっかけがなかなか大変なのですが、英語の上達とコミュニティへの溶け込みはいったんうまく回り始めると後はフィードバックループです。ただ、実際役に立つかどうかというより、海外のいろいろな人たちとの交流が単純にとても楽しいので今後も続けていきたいです。
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