中心体関連の論文が2報まとまりました。中心体は微小管形成の起点となるなど、動物細胞において重要な機能を担います。細胞分裂の駆動装置である紡錘体の極にあるのも中心体で、分裂期の1つの細胞に正確に2つの中心体があることで、2極性の紡錘体が形成されます。この中心体の数が例えば3つ存在するような異常が起こると、紡錘体が3極になって細胞が3つに分裂し、DNAなどを正しく分配できなくなってしまいます。また、中心体を構成する、中心小体と呼ばれるシリンダー状の構造は、繊毛形成の起点でもあります。一次繊毛と呼ばれる繊毛は通常1つの細胞に1本だけ存在していて、細胞のアンテナとして重要な機能を持つのですが、中心体の数が異常に増えてしまった細胞では一次繊毛の数も増えて、アンテナ機能にも異常が生じることが知られています。このように、中心体の数を厳密に制御することは細胞機能にとって重要で、その初期プロセスである中心小体の生成起点の形成は厳密に制御されています。
ヒトの細胞においては、Plk4、STIL、HsSAS6という3つの主要因子を含むいくつかの因子が中心小体の複製制御に関与することが知られています。すでに存在している中心小体の周囲にこれらの因子が単一の起点を形成することで、新たな中心小体が正確に1つだけ生成されます。おもしろいのは、マスター制御因子であるPlk4が、初めは中心小体を取り囲むリングのようなパターンで局在していて、それが新たな中心小体が生成される時には一点のみに局在するようになっている点です。つまり、初めポテンシャルとしては複数の生成起点がありそうに見えますが、Plk4のダイナミックな空間パターン変動によって、最終的には単一の起点が選択されるよう制御されていると考えられます。この制御メカニズム解明に迫るのが、今回我々がJCBに発表した論文です。
この論文では、超解像イメージングと定量解析、数理モデリングを組み合わせたアプローチを用いています。学生の頃から私が得意としてきたアプローチです。今回STED超解像顕微鏡法によって詳細にPlk4の空間パターンを観察したところ、これまで連続的なリングのように見えていたPlk4の局在が実は数珠(あるいは真珠のネックレス)のように複数の凝集体が連なった離散的なリングであることが分かりました。さらにそのパターンには周期性があり、多くの場合ある1点にPlk4がより多く集積していることが、定量解析により明らかになりました。つまり、この離散的リングパターンの中にはすでに弱いバイアスが存在していることになります。このような特徴的な空間パターンはどのように形成されるのでしょうか?先に明らかになったPlk4の分子特性―自己集合の性質と周囲のPlk4を排斥しようとする性質―をベースに数理モデルを構築し、シミュレーションを行ったところ、実際の観察結果をうまく再現することに成功しました。それにより提唱した理論では、Plk4分子が持つ自己組織化特性によって単一の中心小体の生成起点が形成されるメカニズムを説明することができます。
ただし、Plk4単独でのバイアス形成はそれほど明瞭ではなく不確実性が残ります。この初期のバイアスを、他の主要因子であるSTILとHsSAS6が増幅することで、確実に単一の中心小体生成起点を形成することが可能になると考えられます。そこで、Biology Openに発表予定のもう1報の論文では、実際に生きた細胞の中で、Plk4・STIL・HsSAS6の3因子の挙動を追跡しました。中心小体の生成プロセスは因子の過剰発現の影響を強く受けるため、これらの実験ではCRISPR-Cas9システムによるゲノム編集技術を用いて、内在のタンパク質を直接蛍光ラベル化することで正常なプロセスを観察できるようにしました。中心小体周囲の直径数百ナノメートルという微小空間において、数の限られた内在のタンパク質の挙動を10分間隔で30時間にわたって観察するというなかなかチャレンジングな課題でしたが、高感度カメラを搭載したスピニングディスク型共焦点顕微鏡を使うことで、このライブ観察に成功しました。データを詳細に定量解析し、これら因子の相互作用を加味した数理モデルを構築することで、今度はこれら因子の中心小体生成プロセスにおける時間的・量的変動を再現することに成功しました。これら3つの主要因子が複雑なフィードバックループを構成していることはこれまでも知られていましたが、その挙動を実際に生きた細胞内で可視化しモデル化することに成功した意義は大きいです。
これらの成果により、Plk4の自己組織化という意外とシンプルなメカニズムや、その他の因子が複雑に絡み合う相互作用ネットワークなど、中心小体生成プロセスを厳密に制御するメカニズムをより精細に描けるようになりました。超解像ライブイメージング技術の確立や数理モデルのチューニングなどが今後の課題です。ランダムな空間パターンから弱いバイアスを作り出し、フィードバックループによりこのバイアスを固定するメカニズムは生命システムに普遍的であると言えます。このようなシステムのメリットの一つはおそらくシステムに冗長性と可塑性を持たせることでノイズや揺らぎに強くなる点です。例えば私が以前研究していたマウス初期胚の体軸形成においては、ノードと呼ばれる組織において細胞外の水流によって生み出された弱い非対称性が、その後のフィードバックループによって固定されると考えられています。このような組織・細胞スケールのメカニズムが、中心体のような細胞内ドメインにおいても適用されている点はとても興味深いです。今後さらに対象を広げながらこのような普遍的な生体制御システムへの理解を深めたいです。
参考リンク
(bioRxiv: doi https://doi.org/10.1101/424754)
(bioRxiv: doi https://doi.org/10.1101/591834)
著者インタビュー: First person – Daisuke Takao
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