顕微鏡による可視化は、微小空間で起こる生命現象を直感的に理解する上で強力なツールであり、個人的にとても好きなアプローチです。しかしここで注意しなければならないのは、ただ見ればいいというものではない、という点です。科学においては研究者自身の思い込みや主観を極力排除し、客観的なデータを基に議論し結論を導かなければいけません。そこで重要なのが、定量的な解析です。例えば「ある薬剤を添加したら細胞内の蛍光シグナルが強くなった」という発見は、データを定量的に解析して初めて科学的に意味のあるものになります。適切な比較対象(対照実験、コントロール)を設定し適切な計測手段により解析することで客観的なデータを得ることができます。幸い、現代では顕微鏡像をデジタルデータとして取得しコンピュータで解析することが容易にできます。ただし、「定量」とは「単に数値化すること」ではないという点に注意する必要があります。顕微鏡を使ってデジタル画像を取得して計測すれば必ず何かの数値は出せますが、数値化すればいいというものではありません。繰り返しになりますが、目的を考え適切な手段により一次データから意味のある情報を取り出すプロセスが、定量です。
このように書くと難しく感じるかもしれませんが、簡単にできることもたくさんあります。逆に、ちょっとやればすぐできることをやらないのは怠慢だとも思います。日ごろよく言っているのですが、適切な計測や解析による定量を行わずに主観や印象で何かを主張するのは単に「ネッシーを見た!」と言っているようなもので、客観的な証拠がありません。例えば顕微鏡観察において「適切に」画像を記録することは現代科学では最低限必要な技術なので、特に初学者の方にはきっちり身につけてほしいと思っています。関連して、画像解析の初級コースとして、顕微鏡画像解析に多用されるImageJというソフトを使った簡単な解析やさらにはちょっとしたマクロ(一種のプログラミング)の書き方をよく教えますが、実際にやってみるとそんなに難しくないという声が多いです。一見難しく思える定量解析も、きっかけさえあればハードルは一気に下がると思います。
計測対象のシグナルが弱かったり規格化が難しかったり、生命現象の定量は容易ではないことが多いです。しかし、日ごろから知識や技術を蓄積しておけば、問題に直面した時も解決への糸口は見つけやすくなります。例えば私の研究で信号の周期性を解析したいという状況になったとき、自己相関関数やフーリエ変換などの解析ツールが咄嗟に思い浮かび実際に簡単なコードを書いて解析してみたりすることがあります。状況に応じてさらに別の解析方法を考え出したりもします。特別なトレーニングを受けたわけではなく自力での解析にはそれなりに制約もありますが、それでも日ごろの努力の積み重ねは大きいと思います。
ところでこのような解析の話をしていると「ドライなアプローチ」と言われることがよくあるのですが、実はこれがとても不満です。繰り返しですが、今の時代、「目で見て終わり」では済まないのです。コンピュータの進歩により簡単にデータ解析ができるのだからやるべきです。そう考えると、ベンチワークだけでなく定量解析まで含めて「ウェットなアプローチ」と言えます。このような考えを持っていることからそもそも「ウェット」「ドライ」というカテゴリー分けがすごく嫌いなのですが(笑)。新しい技術へのハードルをなくすことは、こういった壁をなくすことでもあるのかもしれません。
Comments