細胞内で機能するタンパク質は変形したり、くっついたり離れたり、細胞内を動き回ったり、とてもダイナミックな性質を持っています。そういった、細胞機能の制御に関わる分子ダイナミクスに興味を持って研究していますが、その原点はおそらく大学時代にあると思います。そもそも私は高校で生物を履修せずに大学では生物学科に進学しました。おそらくですがこれはあまり一般的な進路ではなく、実際周囲は高校で生物選択だった人が多数でした。いやまあ当然なのですが。大学入学後はDNAの構造だとか、遺伝子とはタンパク質をコードする情報であるとか、そのぐらいの基礎知識すらなかったため、講義は新鮮でおもしろいものでした。その中で薄々思い始めたのは、生物(細胞)ってのは思ったより機械っぽいところがあるし物理を理解せずに生物を理解するのは無理だな、ということです(以前も書いた、ウェットvsドライなど学問や研究のカテゴリーにあまりこだわるべきではないという思想の原点もこの辺りにあると思います)。その点、私のいた九州大学の生物学科というところは当時(最近はよく知りませんが)生物物理や数理生物など物理・数学寄りの領域をカバーする講義が充実していたため、私の好奇心を満たすインプットがたくさんありました。中でも、後に卒業研究の指導教員となる太和田勝久教授の生物物理学の講義はとても印象深いものでした。今思えばその後の私の進路に大きく影響しています。
その講義では主に細胞運動やタンパク質の分子機能などを扱っていました。例えば他のタンパク質をダメージから守るシャペロンと呼ばれるタンパク質の解説では、「生卵が熱でゆで卵になるのを防ぐ」という有名なたとえ話も印象的でしたが、その機械のような分子構造・メカニズムに強烈なインパクトがありました。そういった流れの中での分子モーターの解説。まず「分子モーター・モータータンパク質」という名称にかなりのインパクトがあったのですが、まさにモーターと呼ぶにふさわしいその分子構造・メカニズムは、それまで自分の描いていた細胞機能の想像を遥かに超えていて言葉を失ったのをよく覚えています。長らく研究している繊毛においても、繊毛内でタンパク質を輸送したり、繊毛運動の動力を生み出すのは分子モーターです。今では分子モーターの研究からは離れてしまいましたが、そもそも繊毛研究を始めたきっかけはこの分子モーターでした。
「まるで見てきたかのように描いてありますが」という業界の常套句があるのですが、例えば微小管のレールの上を二足歩行するキネシンの動画(想像図)は今でも学会やセミナーのイントロでよく見かけます。私が分子モーターを知った当時は全反射照明(TIRF)顕微鏡法による一分子観察技術の発展により、実際にこういった分子の運動を高精度で計測できるようになり始めた時代でした(さすがに二足歩行を想像図のようにとらえるほどの解像度ではありませんが)。その後多くの技術が開発され、今は生きた細胞内の分子ダイナミクスを可視化・計測しようという時代です。そこで、「まるで見てきたかのように」を「実際に見たのがこれです」にできるような研究を展開したいというのが野望です。自分が大学時代に経験した感動や興奮を次の世代にも伝えられるようにありたいものです。
<参考リンク>
細胞内のタンパク質の動きを「まるで見てきたかのように」描いたCGアニメをいくつか紹介します。学会やセミナーのイントロなどで目にすることも多いです。
キネシン研究で有名なVale Lab (UCSF)で公開されているギャラリー。
https://valelab4.ucsf.edu/external/moviepages/moviesMolecMotors.html
The inner life of the cell.
https://www.xvivo.net/animation/the-inner-life-of-the-cell/
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